高橋マジェロって誰?

はじめまして。高橋マジェロと申します。ここでは私がどのような人間なのかご紹介します。

プロフィール

1995年生まれ、24歳、男、京都市在住

趣味

ボイトレ、作曲

性格

一人でいることが多い、マイペース、天然ボケ、楽観的、ゴロゴロするのが好き

原動力

他の人が「すごい」とびっくりするものを作りたい

経歴

東京の郊外に生まれる

23区なのにキャベツ畑や牧場が広がるのどかな街で、大学の准教授の父と、大学講師の母の間に生まれる。

母方の実家で、祖母と伯父との4人家族で育つ。都営団地で質素な暮らしを送る。日中は祖母が面倒を見てくれた。

クラスの物知り博士だった幼少期

地理学者で教育熱心な母のもと、家には図鑑が並んでいて、週末には博物館や科学館に通うような日々を送る。

本の読みすぎで幼稚園の頃からすでに眼鏡をかけはじめ、将来の夢は科学者だった。工作やお絵描きも大好きで、特にびっくり箱をよく作っていた。

マジエロ君、パソコン漬けの中高時代

中学受験を経て、開成中高に入学。そのころから性にまつわる話が大好きで、色々な知識を話していたため、マジエロ君を縮めてマジェロと呼ばれる。暇さえあればエロ動画やエロ知識を漁っていた。

部活は物理部に入り、マイコンを使ってLEDゲームやレーザー砲(失敗)、3Dディスプレイ(失敗)を作る。これを通してPCやプログラミングを覚える。

高2の時、200ページ以上にもなるクラス冊子の編集を担当し、Illustrator, Photoshopを覚える。制作過程で世の中の印刷物やWebサイトを研究して、デザインに興味を持つ。

高3の夏、受験のストレスから社交不安障害を発症、精神科に通院。教室や電車、しまいにはリビングも苦痛になる。

一人で京都へ、建築を学ぶ

一人暮らしがしたくて、京都大へ。理工系が向いているという周囲の話とデザインをやりたい自分の気持ちを合わせて建築学科に入学。建築家を目指して、大学の設計課題に打ち込む。休日には現代建築、現代アート巡りを始める。

ITにも興味があり、1年の夏休みに独学してiOSアプリをリリース。3000人ほどのダウンロードがあり、6000円ほどの広告収入を得た記憶がある。

依然、社交不安は消えず、授業をはじめとした外の場所にいるのが苦しい。設計以外の成績も振るわず、引きこもりに近い状態に。

経済への興味、第二の学生生活をスタート

ファスト風土化問題と新国立競技場ザハ案の白紙撤回、日銀の金融緩和から、経済とデザインの関係に興味を持つ。同時に、企業に就職してビジネスに携わりたい気持ちが出てくる。

そのためにも社交不安を治さなければと、病院で検査を受け、発達障害(ASD, いわゆるアスペルガー)が発覚。認知行動療法とSSRIで徐々に改善していく。

現代建築のデザインがもつ経済効果や、それを普及させる方法を研究するため、そして治療の時間を得るため、総合人間学部に転学部する。経済学、政治学、社会学を学び、もう一度入学したような新鮮な毎日になる。

ITベンチャーでの仕事に重心が移る

転学と同時に、大幅に授業数が減ったため、見積り比較サイトを運営している大学近くのベンチャーでアルバイトを始める。新サービスの企画やUIデザインに携わる。将来はITを通じて個性ある建築の普及を進めたいと考えるように。

1年後、自分の関心と近い不動産テックのITベンチャーに移動。一からのサイト立ち上げにデザイン中心に参加。わくわくながらもハードな日々で、自分の課題も多く見つかる。自分の望む働き方とは違うと感じて、1年後に卒業させてもらう。

一方で、大手就活の選考では面接やグループディスカッションが鬼門となり、どこも通らず。そのまま大学も卒業を迎える。

アルバイト先のベンチャーに入社、そして退職

当初のベンチャーに正社員として入社し、以前自分が企画した新サービスの発展に携わらせてもらうことになる。サービスは実装がほぼ済んでおり、次は営業が重要なステップになっていた。

このころには社交不安は日常生活にほぼ問題ないレベルまで軽減したが、電話営業に消耗してしまう。半年後、話し合いののち、いったん退職させてもらうことに。

今後を考えるなかで、Web系のフリーランスとして、ブロガーやデザイナー、エンジニアとして生きている人たちを知り、試しにアフィリエイトブログを制作してみる。その教訓を活かし、退職後にItonamiの開発を開始。現在に至る。

その後のいきさつはひらめき – 僕がItonamiを撮る理由 第1話を参照。 

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