「自分がやりたいこと」なんて無くていいし、「あなたらしく」なんて生きなくていい

「君は何がしたいの?」

「やりたいことは何?」

と聞かれた時の違和感について。

「やりたいことをやれ、あなたらしく」という刷り込み

大学受験の準備を始めるころから、

「君は何がしたいの?」

「やりたいことは何?」

と訊かれることが増えてきた。

そして、その機会は大学に入ってからますます増えて、就活が始まると三度の飯と同じくらいその言葉と向き合うことになった。

そう言われてもな。

これからを考えるうえで、「自分の時間があるのんびりした生き方がいいな」とか、「収入はそりゃ多いに越したことはないな」とか、そんなことは直感的に感じるけど、それに対して「自分のやりたいこと」って、自分のハートから湧き出ていないというか、なんか理屈から無理やりひねり出している感があった。

でも就活仲間や社会人の話を聞いたり、色んなメディアに触れていると、前者のような軸で生き方を選ぶのはあたかも愚かであるようにすりこまれていた。

「やりたいことを見つけて、それをやる」のが一番で、例えハードでも、収入が少なくても、そんなの関係ないよ、と。

それから、「周囲に流されないこと」もすりこまれていた。

これからの時代は答えがなくて、周りと同じことをしていたら生きていけないよ、と。「あなたらしさ」を大事にしなさい、と。

僕はずっと悩んでいた。「自分探し」なんて言葉が流行るくらいだから、他の人も悩んでいるんだろう。

「やりたいことをやる」って特殊なことだ

歴史上、現代ほど自己決定が重視される時代はなかっただろう。

かつては暑さ寒さや災害、飢えといった環境がヒトの全てを決定していた。やがて人が環境をコントロールする力を得ると、今度は身分や権力が生き方を決定した。人々が自由や権利を獲得すると、次は資本が生き方を決定するようになった。

その上で物質的に飽和したここ十数年くらいの日本では、やっと「自分のやりたいこと」をして生きていけるようになった。

だから「自分のやりたいことを見つけて、大事にする」生き方って、就活とかSNSで当たり前のように言われるけど、決して当たり前じゃない。すごく特殊なことなんだって心に留めておきたい。

そしてこういう世の中になった本当の理由はインターネットの普及なんかでは決してない。その証拠に、今も飢餓や人権侵害や貧しさ(もちろん病気も)に支配されて生きている人が、世界には沢山いる。

そんななかで、誰もが「やりたいことをやる」ことを求められている今の日本の状況って、ものすごいことだと思う。

今はインフルエンサーが生き方を決定する時代

しかし、「自分がやりたいことをやる」なんて本当にありうるだろうか。

実は「自分自身が好きなことをして生きている」なんて幻想に過ぎなくて、僕たちは無意識的であろうと意識的であろうと、身近に関わってきた人なり有名人なり、マーケターなり政治・行政・メディアなり、広い意味での「インフルエンサー」に操作されているんだ。

さっきの話の流れで行くと、現代の日本では自分の生き方をインフルエンサーが決定している、と捉えることができる。

だから「自分のことは自分で決めている」などと思い込むほど恐ろしいことはない。無自覚なまま他者に操られてしまっているわけだ。

それを防ぐために、自分に対して無用な苦しみを与えているインフルエンサーを特定して、そこから自由になることが、大事なスキルになるだろう。例えば「やりがいのためなら辛くても頑張れ」「周囲に流されてはいけない」といった類のもの。

もちろん、インフルエンサーからの影響を排除すればいいとはまったく思わない。むしろ、現代を生きる上ではお金以上の財産になるだろう。

なぜなら、人間があらゆる影響を受けずに生きるなんてことは不可能だからだ。もしそれができたとしても、それは人としての死を意味するむなしい生き方かもしれない。人間にはいつだって「流されるもの」が必要なんだ。

結局のところ、「自分がインフルエンスされているものを自覚した上で」「可能な限り選択的にインフルエンスされて」、その悦びや楽しさを噛み締めて生きるのが一番幸せで賢い生き方じゃないか。

そしてこれからは、単純なカネ・モノといった資本の力よりも、「誰かが同じように生きたくなる生き方」「誰かが真似したくなること」を発信するインフルエンサーの力が強くなっていくんだろう。

「自分らしさ」なんてなくていい

「自分がやりたいことをやれ」「あなたらしく生きろ」って言葉を、僕はずっと言葉通り捉えて悩んでいた。自分だけの何かオリジナルなものを探して、見つけなきゃって思ってた。

でも、そうじゃない。別に影響されたっていいんだって気づいて楽になった。影響されまくって、心をときめかせまくって生きていけばいいんだって。

「自分らしさ」がわからない人は、自分が流されたいものや人を見つければいい。もし「やりたいことは何?」って問われたら「君は何にインフルエンスされたの?」って問いに置き換えてあげることだ。

そして、そんなものを提供してあげることが、これからは一番の価値になる。

繰り返しになるが、自分がインフルエンスされているものを認識して、選択的にインフルエンスされる能力、これが現代を生きる上で重要なことに違いない。そして自身がインフルエンサーになれるのもそういう人だろう。 

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