同意なきファーストキス -こうして僕は性加害者になった-

2年前、僕が女性に性加害した時の話。

なぜ僕は性的同意をとらなかったのか。なぜ性教育が必要なのか。そして、この経験をふまえて今、僕は何をしたいのか。

(※以降の文章には、性加害中の場面の描写や、露骨な男性の欲望心理を描写する表現があります。そのため大変心に負担を感じる方がいらっしゃいます。読まれる際にはどうかご注意ください。)

ファーストキスってなんだろう

今日も僕はバスに乗りながら、スマホのTwitterアプリで、性の話題に関する情報収集にいそしんでいた。

そんな中で、女子高生たちが共同で性や恋愛について発信しているアカウントfor JK by JK (@forJKbyJK)を見つけて、彼女らの書いたこんな記事を何気なく読んだ。
JKの恋のおはなし:ファーストキスって覚えてる??

みなさんファーストキスって覚えていますか?
ってか、ファーストキスっていつなんだろう。

……

つまり、自分が本当のキスだと感じた時がキスでそれの一番最初がファーストキスなのではないかと思ってる。
唇を重ねることがキスとは限らない。

そういえば、僕にとってのファーストキスはいつなんだろう。

まず思い浮かんだのが、小学4年の時。移動のために整列していたら、同級生の男子からふざけ半分でガサガサの唇を押し付けられたことをけっこう鮮明に覚えている。

子供心に、ゲェってちょっと不快な感じがした。

それから、同じ学年の時、別の男子からトイレの個室に2人で閉じ込められてキス攻撃されたことがあった。

彼の目は、さっきの奴よりかなり本気だった気がする。結構怖かった。

そんな、自他の体の境界が急にはっきりしてくる時期、性に目覚めつつある時期には、同性から身体接触を試みられたことが深く記憶に残っている。

それからといえば、僕は中高一貫の男子校に入って、恋愛とは無縁のPCとケータイ漬けの日々を送ってきた。僕は異性愛者だと思うが、特に女子との接点は持たなかった。

もうここまで成長すると、男同士でふざけてじゃれあうことはあっても、いきなりキスしてくるような奴はいなかった。まあ、中にはふざけてやってた奴らもいた気もするけど。

キスってなんだろう。キスを、「自分の愛情や性的欲求の表現手段として自分の唇を相手に接触させること」と定義するなら、先述の2つの身体接触のうち、1つ目は多分違う。2つ目は、もしかするとそうかもしれない。定かではないが。

他にも例えば人工呼吸はキスではないはずだ。救命の手段として唇を接触させたから。

ここで疑問に思う方もいるだろう。キスは相互行為であって、「互いの愛情や性的欲求を確認するため互いの唇を接触させること」ではないのかと。

だが、キスは一方的にできる。相手の同意が無くても、相手に愛情や性的欲求が無くても、自分の唇を、自らの愛情や性的欲求をもって相手の唇に押し付けた時点で、それは自分にとっても相手にとっても、キスなのだ。

「A”と”B”が”キスする」こともできるけれど、「A”が”B”に”キスする」こともできる。

そして、そんな同意なきキスは、立派な暴力にほかならないのだ。相手の身体の自己決定権を奪ったんだから。

さっきの記事にはこう書いてあった。

今のパートナーを大事にするのはもちろんだけれど、ファーストキスは覚えていたいし、ずっと覚えているぐらい価値のあるものだと思うんだよね。

私はきっとずっと覚えていると思う。いや、覚えていようとすると思う。

……

覚えていられるかな。

忘れられないぐらい素敵なものにしようよ

そうか、ファーストキスって一生忘れたくないって思う人がいるんだな。それくらい大切にしている人がいるんだ。素敵だなあ。

でも、もしそんな大切なものが、相互行為じゃなくて、同意がなかったら、その人にとっては最悪だよな。「ファースト」は一度きり、とり替えがきかないもんな。

……ん?

思い出した。そうだ、僕のファーストキスは、(さっきのを勘定に入れるならセカンドキスだが)、そんな最悪な暴力だったんだ。

そして、もしかしたら相手の女の子も、初めてだった……かもしれない。なんてことをやっちまった。今更、鳥肌が立った。

その子の一生忘れられないもの、とても大切にしていたかもしれないもの、それを俺が最悪の記憶にしてしまったのかもしれない……彼女に、一生ものの心の傷を、刻み込んでしまったのかもしれない。

いつか向き合わないといけないと思っていたあの思い出。自分を悪者にするのが嫌で、棚に上げっぱなしにしていた、大事なこと。

あの日、星降る夜の裏山のベンチで、僕は性加害者だった。

初恋のようなもの

毎年、冬が来て、街行く人たちがコートを羽織るようになると、街にあのにおいがしてくる。そこら中の人の体温がなんか2、3度上がって、頬がちょっと染め上がっているような気がする。

そんなにおいをかぐのも今年でもう3度めになる。

2年前の冬、僕はある女の子に好意を持っていた。好意というより、なんか気になる、という感じだった。一応言っておくと、それほどセックスしたいとは感じなかった。

おとなしくて、几帳面で、何を考えているかわからない不思議な雰囲気があって、恋愛とはあんまり縁がなさそうで、僕に「ちょうどいい」のかもしれない、と感じる人だった。

日に日に気になるようになって、もっとこの人と親しくなりたいと思うようになった。世間ではそれを初恋というのだろう。その時の僕にとっては実験、ゲームの1プレイのようなつもりだったけれど。

将来、もっと惚れこんで「この人しかいない!」という人が出てくるだろうから、その時に備えて「恋愛というもの」の「手順に一通り慣れておこう」という風に何度も自分に言い聞かせていた。

それは、恋愛に縁がない、とてもそんなレベルにはないと信じてきた僕みたいな人間が、世間で言うところの「恋愛」なんかを試みようとしている恥ずかしさや負い目のようなものを覆い隠すための言い訳だったと思う。

あるいは、自分がその子に対して感じた率直な気持ちに対して、他者からああだこうだと評価されるのが怖かったのだ。「お前ごときがあの子を」とか、逆に「あんな奴がいいのかよ」とか。

そしてあるいは、本気でやって失敗したときに、自分が悲しくなったり、傷つくのが怖かったのかもしれない。

不細工で、コミュ障で、お金もほとんどないような人間が、身の丈を知らずに恋愛しようとしていることの後ろめたさから、勝手に設定した「みんなの目」や「冷めたもう一人の自分」に対して、いや、これは実験なんだ、お試しなんだ、ゲームなんだ、と自己弁護するような感覚だった。

そんな、斜に構えた状態で、僕は動き出した。

僕を駆り立てた劣等感と焦燥感

大学に入ってから、僕はやたら恋愛というものに興味を持っていた。興味と同時に、あるいはもっと強く、妬みのようなものを感じていた。自分の知らないところで友達がこそこそ楽しいことをしていて、「俺もまぜろよ!」というような感じ。

周りの男子が「○○とデートした。」「お持ち帰りした。」「彼女ができた。」「童貞卒業した。」と自分の経験を自慢してきたり、「あいつ、童貞臭いな。」「あいつ彼女いそうだよな。」「あいつ彼女いなさそう。」「いや、俺童貞だから。」とか、恋愛経験や性経験がないことを、いや、というより「女性を”所有”していないこと」を見下したり、自分で卑下したりするような会話をよく聞いていた。大学でも、ネットでも。

そんな言葉を聞くうちに、僕は「自分が劣っている立場」にあって、あるいはまだ「一人前の人間になれていない」ような状態にある気がして、なんとかして変わらなきゃいけない、脱却しなきゃいけない、と劣等感や焦燥感を感じていたんだ。

あるいは、目の前にいる知人・友人が持っていて自分が持っていないものがある、自分は「時代遅れ」な人間なんだ、という感覚があった。

もちろん、中学・高校の頃からも、そういう雰囲気はあった。でも、僕は男子校にいたので、周囲も恋愛経験や性経験が無いほうが多数派で、「リア充爆発しろ」というように、経験のある数少ない奴らを、みんなで妬み、冷やかすという妙な連帯感、結束感があった。

それが大学に入って、たくさんの「経験豊かな」先輩たちに囲まれて、そうした人たちと場を共にするようになった。かつては妙な仲間意識を持っていたウブな少年たちも、次々に「大学デビュー」を果たして、異性と交際するようになっていった。

「持てる側の人間」になった奴らは嬉しそうに自慢してきた。「持たざる者」は、どんどん少数派になった。

「持たざる者」同士のコミュニティもあった。そこには、仲良く、ひたむきに、あるいは和やかに活動している人たちがいた。年齢や性別、容姿に隔てなく一緒に楽しんでいるコミュニティも見てきた。

でも僕は何となく、彼らの中にいることは寂しいことのように思えた。悦楽を味わわないもったいない人たち、あるいは、どこか刺激が足りない枯れた場所。そんな見方をしていた。地位の低い人たちの場所とすら思った。

何だろう、色々な価値の中で、恋愛経験や性経験の有無を上位におく主義に、それで人の優劣を決める主義に、僕はとりこまれていたみたいだ。今もまだ残っているし。

そしてその主義の中で、恋愛やセックスというものは相手とのお互いのためのコミュニケーションというよりは、社会から自分に課せられた試験、あるいはボーナスゲームだった。女性はそのための「合格メダル」あるいは「ステージに落ちているコイン」のような道具だった。

なお、今の世の中自体がこういう傾向になってしまう原因の一つとして、僕の仮説は以前ここに書いた。
フェミニズムは非モテ男性も救う!? エロとフェミニズムの関係 その1

あの子の「攻略」に向けた「勉強」

そんなわけで、当時の自分の中には、機会があれば、何とか女性を利用して、(「彼女ができました」とか、「童貞卒業」する、とかいった類の)自己実現を達成しようという思いが高まっていた。

そして目の前に、その対象物となる人がいた。

僕は彼女を何とか利用できないかと考えた。かといって、どうしたらいいのかわからない。相談できるような友達もいない、というか、相談したら「お前なんかが」って内心笑われるんじゃないかって怖かった。

そこで、「彼女 作り方」「デート 誘い方」「セックスする方法」そんなキーワードで片っ端からGoogle検索をかけて、ネット記事を読み漁った。

PVを稼ぐためにバッチリとSEO対策が施され、読み手である男性に都合のいいことや欲求をそそるようなことばかりを並べたキュレーションサイトの記事が大量に並んでいて、それらを教科書で勉強するような感覚で頭に叩き込んでいってしまった。

恋愛には、あるいは性生活には、入試問題みたいに解法が、公式があるんだと思っていた。いや、あると信じたかった。

どうすればいいのか分からないのが不安だった。相手の反応を予測して、正解の選択肢をうまく選べるようになりたかった。そして、僕みたいな「価値の低い」人間でも「価値の高い」女性を「モノにできる」ような裏ワザもあるはずだと思いたかった。

ふむふむ、3回目のデートでセックスをするのか。そして、セックスをするには段階を踏んでボディタッチをしていく必要があるのか。どんな方法であれ、セックスをすると、女性のスイッチが入って男性のことを好きになり、彼女として付き合うことができるのか。

そして、バカ正直に告白なんかしても、セックスするまでは女性の気持ちがまだ整理できていないので、返事はないか、断られてしまうらしい。逆に、セックスさえすれば、付き合おうなんて言わなくても、女性の方から定期的に会おうと連絡が来るのだと。

まず手をつなぎ、次にキスをして、最後にセックスをする。3回目のデートでセックスをするとしたら、逆算して2回目ではキス、1回目では手をつながなくてはいけない。しかし関係性には賞味期限があって、デートの間隔を3週間よりも空けたらボディタッチのステップは最初からやりなおし。

なるほど、そういうことなのか。とりあえず予習完了。

てをつないでほしいんですけど

その頃は12月だった。その子にパートナーがいるか探る意味もあって、クリスマスイブの日に中之島のイルミネーションに誘った。なんか来てくれることになった。

僕たちはイルミネーションを楽しんで、一緒にイタリアンの夕食を食べた。

イルミネーションはすごく綺麗で、その子の趣味や普段のこととか、中高時代のこととかも聞けて、すごく楽しかった。

もちろん周りはカップルだらけ。道を歩くだけで「どうだ、俺もこれで一人前だろう」そんな承認欲が満たされた気が、同時にした。むしろそんな安心感や満足感の方が、相手といる楽しさよりも強かったかもしれない。

ネットで勉強した「公式」によると、今日は手をつながなくてはいけない。そうしないと、今後はただの友人として見られてしまうのだという。

結局、現地では行動を起こすことはできなかった。帰り道、大学の最寄り駅に着いて、互いの家が分かれる交差点が近づいた。このままだと今日が終わってしまう。

心臓をバクバクさせながら、勇気を出して言った。

「あの、ちょっと、てをつないでほしいんですけど、いいですか?」

「ちょっとだけなら……」その子は遠慮がちに手を差し出してくれた。

その手はすごく柔らかくて、ふにっとしていて、ちょっと湿ってて、ほっとした。

それと同時に、周囲を歩く、おそらく同じ大学の学生であろう若者たちにすごく意識がいった。クリスマスに女の子と二人で手をつないで歩いている自分が、誇らしいような恥ずかしいような、「どうだ、俺だって」という、自信が出たような気分だった。

本当はネットの記事には「手をつなぐときは、店を出るときや横断歩道を渡るとき、『行こっか』といってサッとつなげ」と書いてあった。でも嫌がられるかもしれないのに、僕にはとてもそんな「勇気」なんてなかったから、あんな風にぎこちなく聞いておくしかなかった。

別れ際、また誘ってもいいですか、と聞いておいた。お正月と成人式があるから、3週間以内には無理だと言っていて、焦った。このままでは今日の「大きな一歩」はリセットされてしまうのだと。

悪魔のひらめき

お正月になって、僕は作戦を練っていた。前回から3週間以内に、彼女と週末にデートすることはできない。しかし、なんとしても3週間以内に彼女とキスをしなければならない。

そのためには大学の授業終わりに夕食を食べて、どこかに連れ出すしかない。

大学の隣にある神社が思いついた。その神社は高低差50mくらいの裏山のふもとに建っている。その山頂までは階段と遊歩道が続いていて、山頂は公園になっている。そこならベンチもあるし、夜景も見えるはずだ。

食事をしたら、「少し、散歩しよう?」といってそこまでやってきて、夜景を見ながら何とかキスしよう。そう決めた。

ネットの記事には、女性とキスするには雰囲気を作るのが大事で、その定番が夜景だと書いてあったから。

でも僕にはその「雰囲気」の作り方がわからなかった。どうやら、お互いが黙って、見つめあうような時間がそれにあたるらしい。そんなとき、向こうもキスされるのを待っているのだと。

「キスしていいですか?」と相手に聞きましょう、なんてどこにも書いてなかった。そんなことしたら「雰囲気」とやらがぶち壊し、らしい。相手がキスされるのを期待している、そんな瞬間を察しろと。

でも、まだ一度一緒に出掛けただけなのに、そんな雰囲気に持ち込める自信はなかった。僕には話術もないし。早すぎる。

だがこのまま「適切なスピード感」を逃すと「友達ルート」に入っていって、恋愛として進めるのは難しくなるのだそうだ。

そんなとき、悪魔のような考えが頭に浮かんだ。

これはゲームだ。女性にキスして、セックスすればクリアのゲームなんだ。いかにステップをクリアしていくか、結果が大事なんだ。

「目をつぶってください」といって目をつぶってもらおう。そのすきに、唇を奪ってしまおう。そう言ったらきっと相手も「察して」くれるだろう。「察しなかった」としても、それはそれで、すんなり事を達成することができるのでいいじゃないか。

もし相手が戸惑っていたとしても、「いいから、いいから」という感じにすれば、「キスしてください」と言うより断りずらいだろう。自分勝手な期待だった。

僕は前もって裏山に登り、夜景が見えること、周囲に人気がないことを確認して、どこのベンチに座って、どうやってキスするか、シミュレーションしておいた。

僕はあの夜、性加害者になった

そして、ついに決行する日が来た。クリスマスイブから3週間ギリギリの日。

あの日、僕は学食に女の子を誘って、一緒に夕食を食べた。話はうわの空だった。「今日、この子とキスをしなきゃいけない」、そのことで頭がいっぱいだった。

その後、「ちょっと、散歩しませんか?」そういって大学の門を出て、隣の神社に向かった。「あんまり時間がないので、ちょっとだけなら」彼女はそう言っていた。

今日を逃すと、一からやり直し。そう頭に刻み込まれていたから、何が何でも行かねばならなかった。

彼女の高校時代の話を聞きながら参道を歩き、拝殿についた。そこで確かお参りをしたと思う。

奥には真っ暗な雑木林と長い階段が、裏山山頂の公園まで続いていた。「実は、見せたいものがあって、すぐなんですけど。」といって、階段を上っていった。

彼女は多分暗くて怖かっただろう。相変わらずあんまり表情はない。

こういう怖いところの方が、恋愛には「吊り橋効果」とやらで効果的だと、サイトに書いてあったから、しめたもんだと思っていた。またイブの時と同じように手をつないでもらって、息を切らして階段を上った。

そうしてやっと、山頂の公園にたどり着いた。「ほら、夜景が見えるんですよ。」「ちょっと座りましょう。」シナリオ通り。

「綺麗じゃないですか?」「……」

彼女はずっと何も言わずに遠くを見ていた。

「どうしたんですか?」

聞くと、何か工場のようなものの見慣れない明かりに興味があるみたいだった。

あれが京都タワーで、あっちは大阪の街で、みたいなことを簡単に話した気がする。そして二人してしばらく黙った。

このまま何もしなければ、「じゃあ帰ろうか」といって帰ることになってしまう。それは絶対にダメだ。

「あの、実は話があるんですけど……」

「……。……目をつぶって、ください……」

彼女は無言で遠くを見つめたままだった。

「すぐ終わるんで……」

彼女は何かを悟ったように、観念したように、微動だにせずに目をそっと閉じた。頭は正面の夜景を向き続けたまま、顔は無表情で、唇は真一文字に結ばれていた。

隣の僕は彼女の顎を覆うマフラーをそっと下ろして、そして、体をぎこちなくねじらせて、唇を合わせた。

触れるか触れないか、かすかな渇いた感触がした。

その後、「実は○○さんのことが、好きなんです。」そう言った。言ってしまった。言わないと自分の行動と折り合いがつかない気がした。

「とりあえず、降りましょうか」という返事。

試験勉強があるから急がないと。彼女は足早に去っていった。

真っ黒な潤んだ瞳

作戦は、成功のはずだった。結果として僕は、セオリー通り、3週間以内の間隔で手をつないでキスをした。

でもなんか違う。心の中にモヤモヤが残っていた。彼女の気持ちも聞けていないし、まだあんまり笑顔も見ていない。キスの前も後も、ピクリともしていなかった。どう思われているのか、どうもよく分からないままだ。

物理的には、キスらしきことをした。けど、それだけ。何にも心は通っていないみたい。

次は、セックス、のはずだ。大丈夫なのか、これ。

あの日以来、彼女は、試験勉強があるから、といって、一緒に出掛けてくれなくなった。次に会えたのは、試験が終わった約1か月後だった。

それまでにセックスの誘い方もネットで調べておいた。

どうやら、家に招き入れて、中に入ってくれたらほぼOK、あとはちょっとずつスキンシップをしていって、流れでできるらしい。形式的に「いや」といったり恥ずかしがったりするが、それは笑い流して押し倒していいと。

間違っても「セックスしていいですか」なんて聞いてはいけないと書いてあった。そんなことをしたら女性も冷めてしまうし、恥ずかしいし、自分からは認めたくないものだと。向こうも2人きりで家に入っているのだから察してくれと思っているらしい。

そして、「男性にあんまり押されたから、仕方なくしちゃったんだ。」というふうに、自分のプライドを守るための言い訳にしておきたいのだと。付き合ってもいない男に身を許してしまったことに対して。

そして、家に誘うためにもお互いの言い訳になるような口実がいるそうだ。一緒にDVDを見ようでもいいし、飲みなおそうでもいいし、ペットを見に来ないかでもいい。

彼女に会える時間は昼下がりだったので、僕なりに「口実」を考えて、フルーツケーキを用意してみた。

「うちにケーキ買ってあるんで、一緒に食べませんか?」

デートの帰り道に言った。さらっと言ったけど、心臓はドクンドクンしていた。なんてことを言っているんだ、俺は。その子の返事はなかった。

途中までは帰り道が一緒だ。さっきまで隣を歩いていた彼女は、1mくらい離れてついて来るようになった。

僕の家が近づくにつれて、その距離は3m、5mと広がり、僕はちょくちょく振り返りながら歩いていった。

僕の家へ通じる分かれ道につくと、振り返ると彼女はいなかった。よく見ると、10mくらい後ろで立ち止まっていた。慌てて駆け戻る。

「あの、本当にもうすぐそこなんで、ちょっと食べて行ってください」

「私、ケーキ嫌いなんです」

彼女なりの柔らかい断り方だったんだろう。

「あ、実は、買ったのケーキじゃないんですよ笑」

僕はそれをすぐには受け入れられなくて、とっさに面倒くさい嘘を返した。

彼女の口がへの字に曲がった。

「こうして立ち話もなんなんで、うちで話しましょう。」

ネットの記事には、こういうケースは「グダ」という言葉で載っていた。そんな時は、何とか食い下がった上でこう言って、とりあえず家(あるいはホテル)に入れてしまうのだと。

家に連れていってしまえば、後はこっちのものだ。しつこく粘って、お願い倒して、体を許してくれるまでドアから彼女を出さなければいい。相手はそのうち根負けする。これが「グダ崩し」だと。

「あの……」彼女の黒目がまん丸く大きくなって、潤んでいた。今までで一番僕の目を見据えて。確かに強く強く何かを訴えていた。

「もうこういうの、終わりにしてほしいんです。」

一瞬で目が覚めた。何を血迷っていたんだ、俺は。

あんなに黒くて大きな潤んだ瞳を僕は忘れられない。

その眼差しは、最低な自己中な欲望と、それを正当化するための薄っぺらい屁理屈をまとっていた僕の、心にまとわりついた泥をぴゃっとはねのけて、1人のナイーブな人間の硝子の心の球に突き刺してきた。硝子球にヒビが入った。

俺は、人を傷つけたんだ。

硝子玉はまたすぐに曇る

硝子玉は、すぐに曇ってしまうようだ。

彼女の心の痛みは、その一瞬だけ、僕の人としての心に確かに刻み付けられた。しかし、それを僕はすぐにまた、世にあふれる都合のいい泥によって覆い隠していってしまった。こういうことが僕は大の得意だ。

初恋らしきものがこうして終わりを迎えた後、京都の街には寒波がやってきて、雪が降る中、僕は一気に体の力が抜けて、熱を出して寝込んでいた。そして、ある2冊の本を読みながら「反省会」をすることにした。

それがこの2冊。どちらもとても有名で、たくさん売れているし、テレビドラマ化もされている。恋愛に関しては代表的な本とされている。だから、今回の失敗を機に、これを読んでもっと恋愛について勉強しようと思ったんだ。

今なら言える。これらは性犯罪者の男を量産する、クソみたいな本だ。

LOVE理論 | 水野敬也 |本 | 通販 | Amazon

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫) | 藤沢 数希 |本 | 通販 | Amazon

何度でも言う。これらは女性の人権侵害を助長するクソみたいな本だ。

俺はこれらの本を読んで、過ちを正すどころか、自分の行動をよりエスカレートさせようとしたのだ。

例えば『LOVE理論』では、次のようなことがまことしやかに説明されている。ちなみにこの本の著者は、有名な『夢をかなえるゾウ』の著者だ。

Theory 1

DK心変わりの理論

ディープキスをした後、女を家に帰してしまうと女の気持ちは冷める。

ディープキスまで進んだ場合は必ずセックスをすること。

読んでみると、女性はキスしたその日にセックスしないと、相手とキスしてしまったことをだんだん後悔するようになり、嫌われてしまうから、キスしたらその日のうちに何としてもセックスに持ち込め、と。さもなくばその子との将来は無いのだと。

「何だ、そういう法則があったのか。」

「確かに最後に会った日、あの子は、『キスされた当日は何も思っていなかったが、日がたつにつれてだんだん嫌いになった』と言っていた。本当にその通りだったな。」

「僕は、裏山でキスした後、そのままセックスに持ち込まなければいけなかったんだ。惜しいことをした。次は絶対そうしよう。」

僕はこんな的外れな後悔にさいなまれるようになった。

しかも、下の画像を見てほしい。これはKindle版『LOVE理論』のスクリーンショット。この本ではこうやってキスしろ、と男性に向けて教唆している。

LOVE理論のスクリーンショット1枚目

LOVE理論のスクリーンショット2枚目

LOVE理論のスクリーンショット3枚目

LOVE理論のスクリーンショット4枚目

LOVE理論のスクリーンショット5枚目

これを見て以来、「最初のキスって、女性の逃げ場をなくして無理やりするものなんだな」「僕のあの夜のキスは、上手いことやったな」って誤解するようになった。

セックスの「持ち込み方」についてもこんな感じに書いてある。

何がなんでもその日のうちにセックスするように心がけた。女との合意の上であるのは言うまでもないが、女がセックスに難色を示していた場合でも(たとえば、生理だったりした場合でも)俺はあの手この手で何時間もねばり、執念でセックスをした。

生理中だからと断った女性を、何時間も密室に監禁して判断能力を失わせたうえで、男の一方的な意思でセックスする。こんなものは合意なんかではない、暴力だ。

そして、女性の主体性や意思決定を否定するような思想も植え付けられる。

ちなみに、ここで一つ重要な事実を補足しておこう。それは「恋愛に関して女に意見を求めてもそれが有用な情報になるとは限らない」ということである。

元来女は感情的な生き物だと言われるがそれはまさにその通りで、基本的に女は「なんとなく」恋愛をしているのであり、自分がなぜ人を好きになるかを客観的に分析したり判断できていない場合が多い。

これは、俺自身が、「恋愛は女を対象にしたものだから、女に直接聞いた方が恋愛能力の向上につながるのではないか?」という理由のもと、多くの女友達に恋愛相談をした結果、意外に参考になる意見は少なかったという統計による。基本的には自分の頭で考え、実践を通して軌道修正していくことが一番の近道である。

これがもし本当に、著者の水野さんの大学時代の、本人や周囲の男友達の恋愛やセックスの実情を描いた本だったとしたら、鳥肌が立つ。

もう一冊の本、『ぼくは愛を証明しようと思う。』これもなかなかにひどい本だった。こんな冒頭で始まる。

「この東京の街は、僕たちのでっかいソープランドみたいなもんですね」

「ああ、無料のな」

街の女性は男に無償で性サービスさせる存在だと断言するのだ。

そしてこんな「公式」を語る。

モテ=ヒットレシオ × 試行回数

「いいか。男の恋愛なんて、この一本の方程式で表されるとおりなんだ」

「そうだ。僕がすべきことは、また同じことを10人、100人の女性にやることだ。1回目でくじけるな。試行回数を増やせばいいんだ。」

あの時、1人の人間を傷つけた痛みを確かに感じたはずだった僕は、こんな風に、それを反省する気持ちをかき消して、さらに2度め3度めの過ちへと進もうとしていた。

そして、それでもまだ心の奥の違和感や罪悪感がぬぐえない僕に、さらに追い討ちをかける甘い言葉が並んだ。

「お前、調子に乗るなよ、お前が女を傷つけるだって? お前に女を傷つけることなんてできない。たとえ、傷つけようとしたってな」

「~若い女っていうだけで、これまでにたくさんの男からアプローチされているはずだ。だから、お前みたいな並の若い男と、その辺の若い女を比べると、女のほうが圧倒的に恋愛経験が多く、あざとい。いまのお前が、どれだけがんばったとしても、彼女たちを傷つけることなんてできないさ。大人と子供がケンカするようなものなんだ。安心して、全力で向かっていけばいい」

今にして読めば、女性は今まで性加害をごまんと受けているから、慣れっこだから、お前も性加害していいんだ、という最悪な論理じゃないか。

こうして、「そうか。僕は、あの子を傷つけちゃったかも、なんて気にしなくてよかったんだ。女の子には日常茶飯事なんだな。」そういうことにしてしまった。

「だから僕はダメなんだ。社会が課した試練に合格するには、心を鬼にして、もっともっとこんな辛いことをしなくちゃいけないんだ。」

こうして僕の心はまた泥だらけになって、再度の加害を目指して、女性を軽視した発言やしつこい誘いを繰り返すようになった。ついこの間、このItonamiを企画して自分の過去の率直な感覚や違和感と向き合い、執筆を始めるまで。

僕は本当にひどい人間だった。

まだマシなこととしては、あの夜の同意なきキス以来、女性に対して肉体的な加害には至っていない。少なくとも今はそう信じている。

なお、ここで挙げた2冊の本には、これ以外にも女性の人権を無視した思想や方法論、「テクニック」が満載だ。

こんな本を1人でも多くの、きちんとした性知識や恋愛知識のない子たちが読んで、真に受けて実践しないように、そして、女性軽視の思考や行動が身についた大人たちがこんな風にそれを「伝染」させていかないように、みんなで啓発していかなくてはいけないと思う。

人は自分に都合のいいほうの言葉を信じたがるから、それはなおさらやっかいだ。僕らは目を覚まさないといけない。

僕自身が引っかかったように、インターネットや書籍、雑誌やテレビにさえ、もっと暴力的な内容も含めて、信じやすく危ない文章がごろごろ転がっている。何という世の中だろう。

僕がした暴力、彼女が感じた怖さ、やっと気づけた

本当に僕が、あの夜の行動に対して、反省と言えるであろうことを始めることができたのは、このItonamiの活動を始めてからだ。

個人的なAVへの違和感からこの企画を始めたが、調べていくうちに、僕の問題意識は男性による女性支配、そして同意なき性行為や、性被害の問題にもつながっていることがわかった。

男性がいかに女性を支配しやすいか知った。性被害経験のある方の話もたくさん読むことができた。性的同意の重要さも初めて真剣に考えた。

今までに僕が男社会の中で感じていた、男性たちの恋愛やセックスの扱い方、女性観に対する違和感の正体も少しずつ分かってきた。

そして初めて、自分がしたことが立派な性暴力にほかならなかったんだと分かった。

あの夜、裏山のベンチで、彼女は本当はどんなに怖かったことだろう。

周りが雑木林に囲まれた真っ暗なところに連れて行かれ、何があったとしても助けてくれる人は誰もいない。

そんなところで男が突然キスを迫ってくる。抵抗したら何をされるかわからない。

諦めて、おとなしくしているしかなかったのだろう。

あの時の僕にはそれが、一人の女性にとってどれだけ怖いことなのか、そしてどんなに卑怯なことか、分かっていなかった。肝試しみたいな感覚なんじゃないかと軽い気持ちでいた。

彼女を自宅に誘って「もうやめにしてほしい」と告げられたあの日、彼女はこんなことを言っていた。

「あの夜、その場では特に何も思わなかった。返事も保留にしたつもりだった。」

「後日、行動を思い返してみたら、(あなたが)何を考えているのか分からなくて、怖くなった。」

「あなたといてもあまりメリットが無いなと思うようになった。」

どうしてあの子がこういう心の動き方をしたのか、今は別の考えを持っている。

それを教えてくれたのは、この記事だ。1人の女性が性暴力を受けてから、どう心が遷り変わっていったかが、ありありと綴られている。知りたいと思う方は、読まれてみてほしい。
京大卒の私が、性暴力被害を経てアダルトビデオメーカーで働くことにした理由(1)|伊藤 千紘/Ito Chihiro|note

人は、本当に怖い思いをしたとき、ひどいことをされた時、自分自身を精神的ショックから守るためだろうか、その意味がすぐには分からないこともある。

その場では訳がわからなくて、直後は平然として実感がないけれど、時間がたって思い返すうちに、ひどいことをされていたとだんだん気づく。そして怒りと悔しさが湧いてくる

異性との交際がすなわち暴力の記憶と結びついて、一生忘れられないことになる。

そう、あの子があの夜、何の返事も反応もできなかったのも、そういうことだったんじゃないか。

再び僕に会う前の数週間で、だんだん自分が性被害を受けたことに気づき、怖くなったんじゃないか。

もしかしたらあの子は、一生、異性と付き合うたびに、恐怖や嫌悪感を思い出すんじゃないか。

僕は何ということをしてしまったのだろう。

僕やあの子みたいな人が増える前に、性教育をもっと

「経験すればそのうちわかるさ」「その場の雰囲気で、いい具合にやるんだよ」

恋愛やセックスの話になると、僕の周りの人生の先輩たちはそう言っていた。

でも。

男として生きてきて、実際こんな風に自分を女性の軽視や女性への加害へと駆り立てるような圧力を感じてきた。それは自らの男性としての本能が持つ欲望と入り混じって、自分を動かそうとする。

そして、それをいくらでも後押しするような危ないコンテンツが、本やWeb、テレビにゴロゴロ転がっている。

そう、ちょっと気を抜くと、誰もがいとも簡単に性加害者へと転がっていくのが今の日本なんだ。

そんな中で、恋愛を学ぶこと、セックスを学ぶこと、つまり他者とそうした関係性を築くことを学ぶのを、個人の経験や気づき、周囲の人間との関わりが自然に積み重なっていくのを待つだけで良いのだろうか。

そうした自然な積み重ねが試行錯誤の末に形成されたとして、そこに至るまでの犠牲になって、一生ものの傷を負った「あの子」のような人たちはどうするのだろう。

いつまで経っても気づかずに他者を傷つけ続ける人や、あろうことかその傷つけ方を、あらゆるメディアを駆使して周囲の人間に教えて回り始めるような人はどうするのだろう。

ちまたにあふれた傷つけ方を教わって、自分も一緒になって傷つけることを始めた、昔の僕みたいな人はどうするのだろう。

今もこういう人が刻一刻と出てきているんだ。

野ざらしにしておかないで、相手を大事にすること、相手と良い関係を築くこと、それは恋愛でもセックスでも一緒だと、家庭で、学校で、社会で、教える必要があるんじゃないだろうか。

そして、もっと目の前の相手を見ろと、もっと目の前の相手のことを考えろと、普通か普通じゃないかとか、正解か不正解かとか、合格か不合格かとか、そんな「周囲の目」なんて気にするなと、はっきり教えるべきじゃないだろうか。

そう、もっと性教育を充実させてほしい。これが今の僕の願いです。

性教育というと、遊んでいるおしゃれな人たちのためのもので、僕みたいな非モテには関係ないものだと思っていた。あるいは、左翼のあぶない人たちがやっている、日本の旧き善き道徳を壊す過激なものだという偏見があった。

でも実際には僕には性教育が必要だった。ずっと今まで、あの子に何かすごくまずいことをしてしまった気がしていたし、僕の女性や恋愛、セックスに対する向き合い方が良くない気がしていた。でも何がまずいのか分からずモヤモヤしていた。その答えが分かるようになってきたのは、こうした活動を始めて、いろいろな性教育の発信に触れるようになったからだった。

言い訳させてもらうと、本当に気付けなかったのだ。自分がしているのがおろかな行為だと。なぜ相手と話し合って分かり合う、人間として当然のことが、ことに恋愛となると、セックスとなるとできなくなってしまうのだろう。不思議なくらい、そうなってしまったのだ。

だから、このまま自然に任せて放っておいちゃだめだ。恋愛について、性について、もっと真面目に議論すること、学ぶこと、女性の声を聞くこと、大事だと思います。

そして一人一人が、世間や周囲の雰囲気や圧力に負けず、もっと自分の中の素直な感覚を大事にしたほうがいいと思います。おかしいと思ったこと。辛いと思ったこと。嫌だと思ったこと。きっとそれは、大切な気づきです。

誰もが、今の自分の、恋愛とセックスのあり方を、周囲の人との接し方を、疑い、気を付け続けるべきなんだと、思います。

この経験をした僕が、今やりたいこと

まずは、あの子に謝りたい。彼女が受けた傷は決して取り返しがつかないけれど、今の自分はそのことに気づいているんだと、変わりたいんだと、知ってほしい。

もう連絡先も分からないし、僕がふたたび連絡をすること自体、彼女は望んでいないかもしれないけど。

次に、いつか誰かと、本当にお互いを尊重した、本当にお互いのための、恋愛やセックスがしたい。

まだちゃんとできないだろうけど、もっと勉強して、考えて、もっと相手や、女性を含めた色んな人の話を聞いて、自分の心のままの感覚も大事にして、いつか絶対にしたい。

それは生きる喜びであり、幸せだと思うから。僕の憧れだ。

そして、まずは、そんな憧れの世界をこの目で見て確かめたいし、他のたくさんの人にも見てもらいたい。あると信じているから。それを取材して、表現して、追求したい。恐ろしいコンテンツばかりが出回るこの世の中に、自分で新しいコンテンツを作ってやりたい。

具体的には、「AVに代わる新しい性の動画」を作ってネットで配信しようとしている。それがこのItonami(イトナミ)。

それは、僕は中高生の時からインターネット上でAV漬けになって、それが僕をこんな人間に育て上げた一つの主たる餌だったから。そして、動画のもつインパクトってすごく大きくて、昔のテレビや今のYouTubeの勢いを見たらわかるように、文章や写真ではどうしても叶わないだけの表現力・パワーがあると思うから。

男性が同意を取らないで性加害をする。それは今の男性たちが、女性と良いコミュニケーションをとること、一緒に楽しむことをもって「得」とするのではなく、挿入し射精することをもって「得」としているから。男性は力が強いので、無理やり押し通すことができてしまうため、同意を取ると「得する確率」が減るので損になってしまう。

だから性加害を減らすためには、こうした男性たちの文化を変える必要がある。こうした、女性を支配して、挿入し射精することをもって「得」としている文化を作ってきたのがAVであり、それに対抗して、女性と良いコミュニケーションをとること、一緒に楽しむことをもって「得」とするような文化を醸成していくようなコンテンツがItonamiなんです。

このItonamiを企画するまでの思考プロセスや、もとになった僕の他のエピソードたち、そして制作にあたってのポリシーは、以下の全7話のストーリーにまとめて、先日公開しました。1つでもいいので気になる話があったら、読んでください。
僕がItonamiを撮る原動力とポリシー 何でしたいの?何がしたいの?

そして、現在はまず、Itonamiがどんな動画になるのか、そのコンセプトを表現するショートムービーを制作しようとしています。これを作って、具体的にどんなものを制作していくのか、多くの方々に知っていただき、自分自身にとっても、よりはっきりさせていきたいです。

このコンセプトムービーの制作について、そしてItonamiの活動について、最新のお知らせや僕のエッセイをTwitterにて発信していきますので、フォローしていただけましたら幸いです。
高橋マジェロ (@majello_t) | Twitter

自分が性暴力を振るった。この事実を、一生忘れずに生きていきたい。 

45件のコメント

テオプロ

僕は応援しています。まだまだ道半ばとまでもいかない道の途中であろうとは思いますが、あなたのコンセプト、そしてやろうとしていること、応援しています。あなたの体験談を聞き、そんな薄っぺらい内容のもので1人の女性を口説こうとしていたことに心底、何やってんだ最低な野郎めが、と思いましたが、今踏み出そうとしている一歩は尊敬の念を持って応援したい。何も全ての責任があなたにあるわけではない。これまで人間が築き上げた社会、強いて言えば、男社会の負の遺産が原因だと思っています。そして男女問わず、多くの人間が中々気付けないでいる。そんな中に一石を投じる活動だと思っています。僕は幸い、俗に言う恋愛工学とやらを知らずに生きてきたので、正直このような男の自尊心を保つための必勝法みたいなやり口を信じている人が大勢いることの方が信じられないくらいの気持ちでいるのですが、同じ男として、自分も知らず知らずのうちにひとを傷つけているかもしれない、そのことを念頭に置いて活動を見守っていきたいです。そして勉強させていただきます。期待を裏切らないでください。

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匿名

自分はこれを読んで正直結構”?”な感じでした。一回目に手を繋ぐのを同意しておいて二回目にキスをされながら三回目でも女性が着いていく心理がよく分からないです。
手を繋がれた時点でそれなりに相手側は女性として見られている自覚をするべきですしそれなのにもかかわらず男性側が全て悪いようなコメントが満ちているのが恐ろしいです。
恋愛工学自体は流石に女性の人権をないがしろにしているのは感じますが片方が一方的に悪みたいな考え方は何も解決につながらないと思います。
お互いのコミュニケーション不足が今回の問題だとは思いますが「セックスしようか?」などを明確に言うなんて日本の文化的に考えられないです。
逆に女性がはっきりと「No」と言えるのも日本文化的に考えられないです。
その上でやはり段階的にアクションをかけるのはそこまで間違ってないアプローチ方法だと私は思います。
男性の性的衝動は基本的にある前提で考えて動くべきだと思いますし
その上で女性は好意がない人のアプローチに対して恐怖覚える前提でさてどうしようかという話をすべきであり男女は平等であるべきですが同じ性質を持っているとは考えるべきではないです。

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匿名

自分のした行為が加害だったと気づき認めることができる人は男女を問わず多くないと思いますが、高橋さんはそれができる一人です。
ただ、私には考え方の根本は変わっていないように感じます。
「変わりたいんだと、知ってほしい。」「彼女は望んでいないかもしれないけれど。」
キスやセックスではなくても一方的な気持ちの押し付けであることに変わりはありません。
それと、女性を所有物のようにみたり論理的に考えることのできない格下の人間とみることに対して必要なのは人権教育です。性的同意をとることはお互いが対等な立場であることを前提としているので、性教育で性的同意を教えたところで相手を対等な人間だと見ることができていなければ性教育は意味をなさないと思います。

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匿名

性教育が重要なことは言うまでもありませんが、文章の端々から謝罪の気持ちを上回るエゴイズムのようなものが感じられてしまいます。そして外へのポーズというかプロモーション感というか…(そのためにこの記事を書いてるはずなので当然かとは思います)。

以下の表現はわかりやすい例ですが、謝罪の体をとった長いポエムと言われても仕方がない気がします。その女性は、被害体験だけではなく、そういった面を向けられたことも嫌だったのではないかと勝手に勘ぐってしまいました。

「毎年、冬が来て、街行く人たちがコートを羽織るようになると、街にあのにおいがしてくる。そこら中の人の体温がなんか2、3度上がって、頬がちょっと染め上がっているような気がする。

そんなにおいをかぐのも今年でもう3度めになる。」

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匿名

犯罪者には二種類ある。ひとつは自覚のある犯罪者。もうひとつは無自覚な犯罪者。
前者は電車で故意に痴漢したりするんだとしたら、後者は顔見知りや彼女、妻に加害するのが多いかな。日本は無自覚タイプの性犯罪者が多いよね。性犯罪を自覚できない。
女は被害にあわないよう教育されるのに、男は加害しないよう教育されないのと
性認知を歪ませるAVがほとんどの原因だと思ってる。AVなんて女からしたら虐待か強姦だもんね。

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匿名

女子大学生です。あなたのような考えを持つ方が記事を発信してくれて、とても嬉しく思います。一方で、あなたがこれからしていくであろう活動を、あなたの贖罪の為に使わないよう気をつけてほしいと、性加害を受けてきた身として思います。人はいつでも他者を傷付けうるものですが、性において男性は加害者になりやすい。学んだことがあったとしても、それは間違いを再び犯さない事ではない。知識や価値観をアップデートし続けてください。

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もう、これ支持する男女で日本から別れて新しい国作ってくれよ。
正直君もここに書いてる女も思考がキモいわ。

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匿名

顔を出してこのようなことを書かれた勇気は尊重したいと思います。しかし、被害女性にとっては二次被害の可能性もあるし、これを読んで許せるかもしれません。第三者である人がどう思っていても彼女がどう思うか次第でしょう。ただ、会って謝るというのは少し違うような気がします。向こうの方が会いたいと言ってくれたら会って謝ればいいと思いますが、自分からは行動されない方がいいと思います。謝っても自分の罪悪感が減るだけです。それなら一生罪を背負って生きてください。
自分の犯した罪を自覚している性犯罪者(大なり小なり)の少なさに絶望します。もちろん、男から女、女から男どちらからも性暴力はあると思います。昔付き合った人との間にあったことを今思い返すとデートDVに該当するように思うこともあります。(相互加害でした)
女性目線では、男性からの性暴力は、抵抗がしづらいこと、精神的なものよりも肉体的な実害が大きいことで、嫌悪感が強いです。ジェンダーマイノリティーとしては同性からも異性からも心無い一言で精神的なダメージを受けます。ジェンダー後進国の日本がよりよく変わって行くことを願っています。
AVにお世話になったことはないし、これからもお世話になりそうにはないのですが、「男性を無自覚な性暴力加害者にしない性教育コンテンツ」という理念には賛同します。これからもがんばってください。

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匿名

性暴力を受けた女性です。
あなたの彼女にしたこと、傷つけたことは決して許されない事だけれども、そうやって自分を省みて反省する人がいるのは救いだな、と思いました。
この国は男尊女卑が激しいし、女性だけが根拠のない情報で虐げられてると思ってましたが、男性側もまた、加害をするように仕向けるメディアに多く晒されているのですね。

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匿名

散々被害受けてきた女側から見ると一方的に被害体験晒されて悦に浸ってるようにしか見えない。二次加害。ツイートの反応見ても男性からの反響が圧倒的に少ない。性教育とやらも男性に広まらないと意味がない。ただただ不快です

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匿名

謝ってあなたが変わったことを伝えられたとしても、相手の心の傷が癒える事は無い。相手の傷は消えないのに自分は謝りたい伝えたいって自己満足な事ばかり。
途中まではいい記事だと思いましたがそこだけひっかかりました。

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匿名

女性です。
私は大学2年の頃、中高と続けていたスポーツをもう一度やりたいと思い、大学でその部活に入りました。男女の比率が男の方が高いだけあって、その部活は男性しか居ませんでした。だから、1年生の時に入部しなかったのです。私は中高女子校だったので少し怖かったのが理由です。それでももう一度やりたいと思い、入部を決めました。
ちょうど新入生歓迎会の時期に入部したので、その歓迎会(という名の飲み会)に参加しました。
当然ですが周りには男性しか居ません。何回か練習に参加していたので、顔見知りの先輩はみんな優しくてすぐに打ち解けることが出来ました。
しかし、その日初めて会った同級生の男子に会話中に急に胸を触られました。男子は先輩とアイコンタクトを取っていました。
何が起きたか分からず何も言えず、反応も出来ませんでした。
すごく怖くて気持ち悪かったのを覚えています。
二次会に行こうと誘われましたが断り、すぐに家に帰り静かに泣きました。
それ以降、あの男子に会いたくないという気持ちが強くて部活には行かず、結局退部しました。

高橋マジェロさんのように自分の過ちに気付ける男性はごく僅かだと思いますし、良いことだと思います。
しかし、高橋マジェロさんに傷付けられた女性は、恐怖の気持ちを一生忘れる事はありません。それだけは覚えていて欲しいです。
そのような恋愛テクニックと称した女性加害本が出回っているのがとても残念です。

長文、乱文失礼致しました。
高橋マジェロさんの活動応援しております。

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匿名

性教育も勿論大切です。
ですがそれだけではこの問題の根本は解決できないと思います。
「相手を1人の人間として尊重できなかった」その部分に問題の根本があるんです。
相手を道具だと思ったり、ものだと思ったり、自分の思うようにしようとするのは、相手を1人の人間として尊重できていないから。
そして、そうなってしまう原因の一つに、正しく自尊心が育っていない、ということがあるように思います。
相手を見下すことで、自分の自尊心を満たしているんだと思います。
自分という存在を、ちゃんと自分で尊重できれば、誰かを犠牲にして自尊心を守る必要はないのですから。
本当に必要な教育は、そういう部分を育むものなのではないかなと、私は思いました。

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匿名

謝りたいし変わった僕を知って欲しいなんてあなたの勝手な希望であって彼女は望んでない。顔も見たくないと思います。それを分かってない以上あなたは何も変わってない。くれぐれも彼女を探し出して会おうなんてしないでください。それも立派な性加害です。

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匿名

次はちゃんとキスしてもいいか。あなたとセックスしたい。させてくれ。って言おう。

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匿名

高橋マジェロさんと、恋愛に対するアプローチ、思考が同じです。途中まで自分の話かと思いましたよ。相手方の心情も多分そっくりです。幸いにも僕は性暴力を犯す前に終わりました。
僕にとって、この記事はとても価値のあるものです。この記事のおかげで、自分のグロテスクさと、相手方の不信感が少し理解できたと思います。僕も高橋さんも本当にキモイですね。
しかし、僕や高橋さん(のような男性)は、どうしてこんなにキモい思考になるのでしょうか。何でこんなに難しいのでしょうか。ほとんどの男女がここまで考えているとは思えないのです。

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匿名

セックス、恋愛のことになると女性をモノとして、ゲームとしてしか考えられないのではなく
仕事、日常生活、根本的な価値観全てがその考えでは?
女性のことを考えて正しいセックス、という女性のためを思った考えではなく
セックスさせてくれなくなるのは嫌だから、という男性本意の考えにしか見えません。
あなたの中の、女性のことを考える正しいセックスを学んだつもりになり、マニュアルを作り、それを実践するのですか?
何も解決していません。

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匿名

「仕事、日常生活、根本的な価値観全てがその考え」

同意。これが答え。変わるが先か日本が消えるが先か、わからないくらいには根深い。

匿名

男性です。
ちょうどあなたのように男子校から大学に行って周りが童貞を卒業するにつれて妙な焦りを感じるようになってきたところでこの記事に出会いました。
この記事を読んでしっかりと心に刻み付けたいと思います。
加害者になる前に気づけて、また誰かを傷つける前に気づいてよかったです。

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匿名

女性です。男性の世界で育ちながらこの不条理に気づいてくれたこと、真摯に向き合おうとしてくれた事に心から感謝します。そして、その結論としてメディアを作ろうとされているその選択を支持します。

女性として生まれ、幼い頃から世の中には常に尊厳を破壊される危機があると教え込まれてきました。が、そんな事をするのは一部の極端な男性だけだと思っていました。まさかごく普通の男性を女性蔑視の性加害者に育て上げる罠が巧みに整えられているなんて。いかにも若い男性がすんなり誘い込まれてしまいそうな場所に、こんな吐き気を催す洗脳が待っているなんて。

女性の立場だと、意図的に狙わない限りあなたが勉強してしまったような記事にはなかなか辿り着かないかと思います。少なくとも、愚かなことに私は触れて来ませんでした。知れて良かったです。覚悟していたよりも何倍も、この世は地獄なのだと。

だから貴方のような、若い男性をとりまく現状を知っている人が動いてくださるのは本当に心強いことです。一度洗脳された人が自力で気づいてくれた事にも救いや希望を感じます。

最後に。今も今後もさまざまな凄惨な被害が耳に入ると思いますが、貴方以外の男が犯した罪まで背負う必要はないと私は思っています。目の前に被害者女性が現れても、心を寄せこそすれ、他人の罪まで受け取る必要はありません。
大変だと思いますがくじけないで下さい。その行動には絶対に意義があるから。あなたの活動は、既に被害に遭ってしまった女性を救うのは難しいかもしれませんが、次の世代の男女をきっと救うでしょう。その活動のひとつひとつが、長い長い男尊女卑の恥ずべき歴史を終わらせる力になるでしょう。
勇気ある行動に敬意を表します。

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たぬ

30代、小学校教員の男です。
初めて拝読しましたが、いくつか感じたことがあったので、コメントさせていただきます。

まず、日本の性教育について。
高橋さんがおっしゃるように、性教育は必要です。恋愛、セックスなど、現在の教育ですらタブーとされていますが、それこそを扱わねばならないと感じています。「旧き良き道徳」と表現されていますが、タブーとされていたことこそ、古き悪しき道徳です。
現場にいると、古き悪しき道徳として、AVをバイブルとしないような性教育を実践されている先生、学校も存在しますが、まだ声は少ないようにも思います。何より、学習指導要領や性教育の手引きなどが変わっていない現実もありますので、まだまだ変わっていかねばなりません。その点では、高橋さんの発信に賛同致します。

一方、他の方も指摘されていることではありますが、性被害を受けた女性について。
謝りたい、と仰っているのは甘えだと思います。性暴力をしたことを一生抱えると最後に述べるのなら、「謝りたい→謝って解決できた」と思わせるような自己満足な考えはない方がいいと思います。
そして、性加害をしたと言っていますが、この記事にこれだけ赤裸々に書いたこともその女性に対して更に加害をしているのでは、と感じます。高橋さんの記事がSNSで拡散され、もしその女性の目に留まったとしたら「私のことが勝手にこんなにもつぶさに書かれている」と感じるかもしれない可能性もあるのではないですか。
どんな女性であったのかは分かりませんが、私は「自分の苦い性体験が、相手に勝手に書かれ、拡散される」のは、強い嫌悪感を抱きます。勝手に性体験を語られることと、性教育が必要であることは別次元の話です。

Itonamiを広めたいと思うのなら、高橋さんの赤裸々な性加害の体験は必要ないと思います。「日本の男子の性に対する文化を変える必要がある」、その一言でも伝わります。

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coco

女性です。私は高橋さんの性体験についての記載があったから、文章に信憑性が増したと思います。相手の女性が見る可能性も確かにありますが、一般大衆への訴えであるならこのままで最適なのだと思います。

匿名

女性に不快感を与えずにセックスに持ち込むのが上手い男は年増かヤリチンのクズ。真面目でうぶな男性は恋愛に慣れてないからセックスに持ち込むの下手。

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Anchio

いや、あまりにいま日本の男の基準てものが下がっているから、ほんと、しいて言えば、あくまで相対的には、いい人なんだろう、とは思いますが、他の方のコメントにもあるようにこんなことに気づいて自分を加害者なんてよべてしまう僕を褒めて的な甘えを感じますね。

なぜ甘えられていると感じるのかというと「女性のみなさんへ」みたいなものを感じるんですよ。これは男性に向かって発信するべきことであって、女性からすると「自分たちの間でちゃんと話つけておいてちょうだい、いちいちそんな気づきを報告しないでいいから」としか思えないのです。

ホント、基本の基本のことに気づいたのはよかっですね、その後は?女性に向かって言わずに、男同士で話し合ってください。あえていわせてもらえば、あなたたちがどう気づくかなんて、私たちは知らなくていいことです。

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匿名16

Anchioさん
これは男性→女性の性加害であって、世界には女→男の加害もありますし、同性間での性加害もあります。なのに「男性に向かって発信するべき」や「男同士で話しあってください」など、「私たち(女)は知らなくていいこと」ではありません。
理由は、この男性は「まさか自分が性加害者になるとは思ってもみなかった」という理由からこのエピソードを公開しています。Anchioさんは文脈から女性かと思われますが、Anchioさんが性加害者にならないとは限りません。当事者意識がいつだってなくてはなりません。

それに、先にあったような変なマニュアル本が出版されている以上、男性女性ともにこの本を読んでいる可能性はあります。
この本を読んだ男性はこれを実践し、そしてこの本を読んだ女性は性被害にあった女性に「部屋に行ったのだから、性交を許可したも同然、襲われてもしょうがない」なんて言ってセカンドレイプにつながる可能性もあります。
ですがこのエピソードを読み、男性女性の両方がこれは性の強要だという共通認識ではなくては、これからの認識はゆがんでいきます。
異性間の恋愛において、男性側が「どこまでのラインを性加害とするか?」と考えるのを、女性は知らなくていいのですか?
そんなことはないと思います。

匿名16

Anchioさん
男性が「どこまでを性加害と呼ぶか?」と線引きするのを、女性は知らなくていいのですか?そんなことはないと思います。
異性間の恋愛において、男性の対象となる女性がそんな知らんぷりを決め込んでいては、対話は成り立ちません。

Anchio

高橋さん、もちろん、女性が加害者になることだってあります。私は女性ですが、自分も加害者になる可能性があることを身をもって知っています。しかし、現状に関していうと男性の加害性のほうが圧倒的に許容され当然視されています。まだ同じスタートラインには立てていません。女性が加害者になって反省する局面というのはまた違く文脈で出てくることの方が多いでしょう。

あと男性と男性の間、女性と女性の間の関係というのがあるのもわかりますが、ノーマルなこととして許されているのが、男性からの女性に対する加害です。

男宛に発信するほうがずっと難しいのはわかりますが、それでも、やはり同性同士で先にやっておくこと、啓発しあっておいたほうがいいことはあると思います。

女性同士で色々話しますよ。マニュアル的なことも。男性同士でもそうでしょう。その、男性同士で話す内容をちゃんとしていきたいというお気持ちがあるんだとは思います。でもあなたが「『みんなで』考えようよ」といって反応してくれてるのが(印象ですが)女性のほうがずっと多いことに問題を感じませんか?私はとても心地悪い感じがします。

匿名16さん、線引きに関しては「知らんぷりを決め込む」

ような贅沢が女性に許されたことなんて一度もないと思います。

ミートゥー

もしも、自然な形で彼女と再会することができたなら、ぜひ、あなたの今の気持ちを伝えてほしいです。

こちらの記事を読んで、これまで私が受けてきた性的被害(電車や公園での痴漢被害)や二人きりのときに性的な言動で距離を詰めてこようとする男たちを思い出しました。今、私の中に残っているのは、

不信感、不快感、嫌悪感、軽蔑、憎悪。

こじ開けられたくない「傷」とはまた微妙に違っていて。むしろ、思い返したときに憎悪を思い切りぶつけることで「あの時より自分は強い」、「次に同じようなことがあれば、私はすぐにその場で対抗する」と決意をバキバキに固めていく精神鍛錬のシミュレーションとして利用しています。だいぶ対男性への精神的筋力増強しました( ◠‿◠ )

たしかに、身勝手で想像力の欠ける暴力とも呼べる行為だったと思いますが、一応は段階(!)を踏んでいたし、好意も言葉にしたようなので、彼女も「彼は間違ったんだ」、「全然わかってなかったんだ」と承知しているんじゃないでしょうか。時間を置いて考えて、きちんとNOを伝えられたしっかりした方のようですし。

もし私が彼女だとして過去のことで謝罪されたら、と真剣に想像してみましたが、多分ほっとすると思う。ふっと何かほどけて、異性同士でも理解し合えるんだなって希望も持てる。私はこの記事を読んで嬉しかったです。

伝えなければ、あの時の行為が本当の暴力として残っちゃいますもんね…。自己満ではないと思います。ちゃんと彼女のことを考えた上での誠意だよなと感じました。

私も改めて「コミュニケーション」の大切さを考えさせられました。時々立ち止まって、自分が正しいと思っていることを検証し直さないとですね。

これから少しずつ高橋さんの他の記事も読ませてもらいます。

(本筋とはややズレますが、記事内で紹介されていた男性向けの恋愛というか性●交マニュアル?にゾッとしました…ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ…)

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ミートゥー

もしも、自然な形で彼女と再会することができたなら、ぜひ、あなたの今の気持ちを伝えてほしいです。

こちらの記事を読んで、これまで私が受けてきた性的被害(電車や公園での痴漢被害)や二人きりのときに性的な言動で距離を詰めてこようとする男たちを思い出しました。今、私の中に残っているのは、

不信感、不快感、嫌悪感、軽蔑、憎悪。

こじ開けられたくない「傷」とはまた微妙に違っていて。むしろ、思い返したときに憎悪を思い切りぶつけることで「あの時より自分は強い」、「次に同じようなことがあれば、私はすぐにその場で対抗する」と決意をバキバキに固めていく精神鍛錬のシミュレーションとして利用しています。だいぶ対男性への精神的筋力増強しました( ◠‿◠ )

たしかに、そのファーストキスまでのプロセスは身勝手で想像力の欠ける暴力とも呼べるものだったかもしれませんが、一応は段階(!)を踏んでいたし、好意も言葉にされたようなので、彼女も「彼は間違ったんだ」、「全然わかってなかったんだ」と承知しているんじゃないでしょうか。時間を置いて考えて、きちんとNOを伝えられたしっかりした方のようですし。

もし私が彼女だとして過去のことで謝罪されたら、と真剣に想像してみましたが、多分ほっとすると思う。ふっと何かほどけて、異性同士でも理解し合えるんだなって希望も持てる。私はこの記事を読んで嬉しかったです。

伝えなければ、あの時の行為が本当の暴力として残っちゃいますもんね…。自己満ではないと思います。ちゃんと彼女のことを考えた上での誠意だよなと感じました。

私も改めて「コミュニケーション」の大切さを考えさせられました。時々立ち止まって、自分が正しいと思っていることを検証し直さないとですね。

これから少しずつ高橋さんの他の記事も読ませてもらいます。

(本筋とはややズレますが、記事内で紹介されていた男性向けの恋愛というか性●交マニュアル?にゾッとしました…ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ…)

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ポー

私が言いたいことはほぼ他の人が言ってくれているけど、彼女に謝りたいtって言ってるのは完全にエゴだし絶対にやめろと思う。
私が彼女だったら「こんな文章勝手に書いて、ふざけるのもいい加減にしてほしい」と思っただろうな。何回貶めれば気が済むんだよ。

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匿名

かつての自分の過ちを認め、現代社会の問題について言及しているのはとても良いことだと思います。
男性で、女性が日々感じていることにこれほど気付き、声を上げることができる方がどれ程居るでしょうかと思います。
しかし、他の方も仰っていますが、連絡先を知ることになったり、街でたまたま会うことがあっても、かつてのその女性に謝罪することは、絶対に絶対に、やめてください。
彼女の中ではもうどうでもいいことになっているかもしれませんが、逆に、傷口を開くことになりかねません。
類似した被害に遭った私ですが、かつての相手に今更接触されたら、鮮明に記憶が蘇ることでしょう。
彼女に謝罪するメリットなど、あなた自身の罪悪感が軽減するのみです。それならば一生、彼女への罪悪感を抱えて生きてください。

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匿名

本当に反省しているのなら、こんな自己陶酔した問題の矮小化につながるポエム書けない。

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匿名

軽くですが子供の頃に性加害を受けたことがある女です。
あなたは良い人だと思います。周りから言われなくても自分を良い人だと思える、これでいいのだと思える、自尊心を持って欲しいです。
そして、あなたが謝りたがっている彼女には連絡をとらないでください。怖いことをしてきた何考えてるのか分からない人のままでいて下さい。もちろん謝ることで彼女の傷が浅くなる可能性もありますが、あなたから連絡が来ることで傷が再び深まる可能性もあります。昔いじめられた相手にもう一度コンタクトを取られて恐怖するのと同じことです。彼女に対して誠実であろうとするなら、後者の可能性を視野に入れ、万が一にでも傷つけてはならないとして、何も連絡を取らない方がいいと思います。
もう一度言いますがあなたは良い人です。悪い事をしたと考えているだけで既に良い人なのです。ですからそれを自分で認識して、周りや彼女からの承認がなくても、自分のことをこれで良いのだと思えるようになって下さい。お願いします。

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みみ

事が起きたことへの原因と対策が「性教育をもっと」てハァ?てなりました。
性がどうとかそういう前に相手を自分と同じ人間だと思う想像力があればそもそもそういうことをしないと思う。
人のせい、環境のせいにするまえにまず人との関わり方を見直した方がいいのでは?

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いずれバーチャルに

生身の人間同士の関係は、どちらか、もしくは両方の犠牲のもとに成り立つ不幸なのだと思います。恋愛も、友情も。

私たちにとって、生水を飲むのが無謀で危険なことでしかないように、将来の人類にとって生身の人同士の恋愛や友情は、無謀で危険なことと見做されるのでしょう。そんな、生身の人間同士が関わらなくても済む未来のために頑張りたいです。

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匿名

男です。
自らの罪を認められる強さが凄いと思います。私もかつて同じように罪を犯していたと思います。その事をこの記事を読むまで忘れたいと思っていました。相手の立場になれば辛いし、罪悪感に苛まれてしまうから忘れて楽になりたいと、傲慢な気持ちでいました。ですが、それではダメだと訴えられました。
分かった「つもり」になっている自分が何処かにいたと思います。まだ「つもり」かも知れません。けれど、そこから目を覚まし、勇気を頂けました。
ありがとうございます。

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ペンギン

正直なところ一生自責の念に駆られて生きていて欲しいと思うし、許されることではない、しかし自分が加害者であることに気づいていない男性よりは遥かにマシだとおもいます。

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てもし

消費するのが当たり前と思う男性。
消費され支配されるのが当たり前になってしまい、傷つき続ける女性。
そんな連鎖はもう嫌です。
こうした世の中を、変えていきたい。

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みー

男性目線の「女性軽視」についての意見を聞けて嬉しいです。彼女を傷つけたことに気づいてくださり、反省し発信しようとする勇気にも本当に脱帽です。
このような考え方を広げていけば日本の性社会がよりよいものになると感じています。高橋さんの経験は高橋さん自身のものであり、高橋さんにしか語れません。これからの活動を応援しています。

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内容はともあれ、とても参考になりました

まず、加害者であることを認めたこと、そしてそのことをあえて文章とし発信したこと。
同じ過ちを犯す人を減らし、且つ現在も同じようなことをしながらそれを『普通』のことと思っている大人への気付きにもなるとても意味のある行動だと思いました。

ただ、まだどこかに相手の女性の感情の癒しより、『知らずに傷つけた自分』そしてそれに『反省し行動を改めた自分』への承認欲求のようなものが強いような気がします。
そして同時に、『反省したんだから許されたい』というようなエゴも感じました。

この『相手の気持ちへの鈍さ』の部分については、男性社会特有の個の意思や感情よりも『集団ウケ』を優先した加害の容認の強要や、少しくらい悪い方が・強引にでも何かを手にした方が優秀なオスであるというような『優劣意識の押しつけ』に染まって育ってしまったまだまだ部分があるように見受けられます。
そして、その同調圧力の中で自分の中の『No』『嫌だ』『気持ち悪い』『怖い』を、無かったものにせざる負えなかった経験もそのことに影響があるかもしれません。

同級生にキスをされたその時、どのように感じられたかはご本人にしかわからないことですが。
ガザガサの唇を押し付けられたときの不快感、トイレに閉じ込められキスをされた時の気持ち悪さ。
そこに同意がないのなら、相手が同性でも子供でも貴方も十分に『性被害者』です。

そして、そのような状況で起こる認知のズラしや問題の偽小化の一例が
『相手は小学生(子供)だったから、同級生の同性(友達)だったから、きっとあれはただの冗談だ』
『冗談なんだから、本気で怒ったら嫌われる』
『こんな事されたなんて皆に知られたら、どんな噂にされ馬鹿にされるかわからない』
『そんな悪戯されたのは、自分にも隙があったから』
といった、思考の反応です。

もし、当時そういった思考をしてたなら、
『とは言え本当は嫌だった』という当時の自分の気持ちを拾い上げ、認めてあげることが重要かもしれません。

自分の本当の気持ちを大切に扱えないままに、同じような傷つき方をした『誰か』の本当の気持ちを本当の意味で尊重し理解することはできないと思います。

『加害者である』という事実を認められた高橋さんならば、男性心理からは認めにくい『被害者である』という側面ともいつかは向き合えるのではないかと思います。

自他共に、『男性』『女性』『大人』『子供』とラベルで括るのではなくて、『意志のあるそれぞれ別の人』として人と向き合える成長をこれからの活動で観させていただけたら幸いです。

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ごるちゃん

感動しました。
こんな風に考えてくれる日本人男性がいるなんて。

外国人、日本人両方を相手にした性サービスを運営していますが、女体消費を上から目線で行なったりする日本人男性が多いなと感じています。
男性目線で女体消費にはしるプロセスがとてもわかりやすかったです。顔出しでこれを公開するのにも、葛藤があったと思います。シェア、ありがとうございます。
女性側の「恥ずかしがることこそ美徳」というのも歪ませる原因なのですね。(根本的には優しさからくるものであったにせよ)

今後とも応援しております。

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ペンギン

女性側として、あなたが女性を傷つけたという事実は消えないし、どんなに反省してもそれが許されることはない。一生後悔し続けて生きて欲しい。と思う。しかし、自分が加害者であるという当事者意識を持っていない馬鹿よりは全然マシだしこれから、こうやって自分が性加害者であることを

匿名

当たり前のことだけど、それが絶賛されるってことは、女の男(ミソジニーに浸かって育ち無意識のうちにそれを身に着けてしまった)に対する不信感は男が考える以上に物凄く大きい証拠かもしれない。
この記事の書籍に「女は感情的」ってある種の男が好む迷信が出てきたけど、女の考える「男はすぐ感情的になる」ってのは、突然激昂して通行人刺し殺すレベルなんだよね。
カナダだったか、女の学生だけ何人も撃ち殺された事件あったよね、その理由は「女が男の俺の居場所を奪った」って女憎しだったし。