リアルなイトナミを見たい、色々なイトナミを見たい – 僕がItonamiを撮る理由 第2話

「ああ、これもダメだ…」

ディスプレイに向き合い、思わせぶりなタイトルに淡い期待をこめて、クリックした先に映し出される動画を見た後、僕はまたひとつため息をこぼした。

今日も僕はエロ動画まとめサイトを訪ねて、何かにとりつかれたようにリンク先を開いては閉じてを繰り返している。これはそんな、世の中に出回る動画にまつわる話。

演技だらけのAVつまんない

巷にあふれている大半のAVは、女優や男優の演技によって成り立っている。もちろんアドリブが加わることもあるが、基本的には誰がどのようなことを話して、どのようなプレイをして、どのようにイクのか、脚本や打ち合わせ、監督の指示などのもとに決められているそうだ。

それらはどのように形作られるのかというと、視聴者へのウケである。もっと言えば、男の欲望目線で決められる。

AVを買うのは主に男性で、どういうニーズから買うかというと、現実には叶えられないような願望を疑似体験するためである。だから、AVは実際のセックスにはありえないようなシチュエーションやプレイ、言動にあふれている。

FC2やDMMなどに上がるアマチュアの動画配信も、売り上げを目的とする以上、これと同様の力学が働く。

僕はそうした映像をずっと、「違う、これじゃない」と冷めた目で観ながら、自分が求める動画を探し求めてきた。僕のAV遍歴についてはこの記事を読んでほしい。(近日投稿予定)

観ていると、「女優さん痛そうだな」とか「本当は気持ちよくないのに」とかそうした思いが先行して、ちっとも幸せな気持ちにならない。

男優さんも、本当は優しい人かもしれないのに、撮影のために女性の尻を叩いたり、無理やり肉棒を口に押し込んだりするのを見て、感情移入などできっこない。

セックスってもっと愛があって、二人が幸せそうにしていて、時に微妙な気まずさがあったり、でも心安らぐものじゃないの?

人のセックス見てみたい

僕の疑問に、既存の動画はこう答えてくるかのようだ。

「現実にはそんなことはありえないので、こうしてお芝居を作りました。作り物ということを了解の上で楽しんでください。」

それって敗北宣言のような気がするのだ。人間どうしの愛が成し遂げうる、無限の可能性をあきらめてしまっている気がするのだ。

僕には彼女がいない。生まれてこの方、いたことがない。だからセックスなんて、お金を払って役者として演じてもらうものでしか、あるいは画面の奥の世界でしかない。

まさか現実に、赤の他人だった二人が出会って恋に落ち、すすんで仲睦まじく交合するなんて信じられない。

だからこそ、ショーじゃなくて現実が成し遂げうる可能性を信じたいし、その可能性に賭けたい。

人の日常のセックスを見て、この目で確かめてみたい。そして、無限の可能性をあきらめてしまった人にも見て、希望を持ってもらいたい。そんなことを実現する動画サイトがあったらいいのに。

だから、僕はリアルなイトナミを動画に収めてアーカイブにしていきたい。

いろんなセックス見てみたい

「えっ?あの体でできるの?」

乙武さんの不倫問題を耳にした時、正直僕は耳を疑ってしまった。障がい者の人もセックスするんだ。

さらにここ数年で、LGBTのことが広く取り上げられるようになった。テレビや雑誌を始め、ブログやYouTubeにも、たくさんLGBTの人が出演・投稿して、自身の想いや経験を語っている。

しかし、こうした色々な話を聞いて、自分の頭にある理科や社会、道徳などの知識を使って考えても、理屈ではわかるが、直感的にはどうしても理解できない。

「同じ性別の人間同士が交合するなんて、本当なのか。信じられない。ならどんな風にしているのだろうか。」

こうした気持ちは好奇の目であって、不真面目で、タブーだろうか。

世にはSMやスカトロをする人がいるという。70歳でも80歳でもセックスする人がいるという。どれもショーではなく、自発的に、愛をはぐぐむ行為として行われているという。本当なのか。

僕が見聞きする話はどれも、頭ではわかっても、感覚的には信じがたいことばかりだ。AVや漫画などで、彼らはやりたい放題に誇張されて描かれており、何が本当なのかわからない。

だからどうしても彼らの話を現実離れした目で見てしまう。魔法を使う別の世界の住人のような気がする。

これを納得しようと思ったら、単刀直入に彼らが本物のイトナミを行う様子を見るしかないんじゃないのか。つまり、色々なイトナミを見て、集めていきたいのだ。

これっておかしいことだろうか。

次のお話はこちら、生き方の話。
現実へのフラストレーションを燃やす – 僕がItonamiを撮る理由 第3話

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