アンチ情報の欠落、アンチ均質化 – 僕がItonamiを撮る理由 第5話

「俺ってめっちゃ可愛い!」

スマホにSnowをインストールして、インカメを起動すると、画面にはいつもよりちょっとキラッとした自分が写っていた。

その瞬間、久しぶりに胸がときめいた。

同時に、モヤッとしたもの、背後霊でも見たようなイヤな感じを少しだけ覚えた。

SnowやTikTokの不気味さ

このイヤな感じの正体を考えてみた。よく画面を見つめて、気付いた。

そこに写っている人間の画像について、情報量がいびつな形で、すごく少なくなっているのだ。しかも勝手に。

確かに「可愛い」けど、顔や体の輪郭はゆがんで、目は巨大化して、肌は真っ白けになっている。その人が本当はどんな人なのか、そうした映像を見ただけでは判断がつかない。

スマホの性能は向上していて、どんどん精細な映像を撮影して共有できるようになっているはずなのに、投稿される人間の画像はそれに反比例するように情報が欠落していっている。

テレビや雑誌などのマスメディアで使われている画像を見ても、前者よりはるかに巧妙ではあるが、よく見ると加工されていて、人間味がないというかサイボーグみたいに見える。

これは単にその人らしさが減って、見ていて味気ないだけでなく、実は気付かないうちに、次に述べる「均質化」という恐ろしい現象を引き起こしている。

これに抵抗するため僕は、映像をできるだけ高精細かつ高音質に撮ることで、可能な限りそこに写っている人の情報、その人らしさ、そのカップルらしさを保存していきたい。協力者の方の産毛の一本、シワの一つまで捉えたい。

テクノロジーを、情報を欠落させるためではなく、情報を限りなく温存し強調するために用いていきたい。

SNSも就活も「ムカつく」のはなぜか

ところで、これは最近人気だというアメリカの下着ブランドについての記事だ。なぜ、宣材に完璧なスタイルのモデルを使わず、写真を修正しないのかが説明されている。僕もこれに近いことを感じている。
画一的な美の開放。スーパーモデルを起用しない下着ブランド「aerie(エアリー)」が人気を集めるワケ | FUKROO [フクロー]

先述のSnowやTikTokをはじめ、TwitterやFacebookもそうだが、こうした「いいね!」集め型のサービスを使っていると、僕は「なんかムカつく」と感じる。「体育で組体操の練習をさせられている感じ」に近いかもしれない。

その理由はこういうことじゃないか。

映像の発信者は、SNSなら「いいね」数の最大化、マスメディアなら視聴率や売上部数の最大化という「匿名の受信者の賛成数を最大化する」ミッションを持たされる。

その上で、技術が進歩して、発信者が映像から意図した情報を欠落させられるというオプションを持つようになったとき、何が起こるだろうか。

「ミッションを達成したいなら、どうしてそのオプションを使って、匿名の大多数にウケの悪い不都合なものを隠さないんだ」という無言の圧力である。

その結果、匿名のマジョリティの評価にそぐわない情報は欠落していく。こうしてコンテンツは均質化していく。

この「情報を隠せ」という圧力や均質化が「ムカつく」気持ちの元凶の正体ではないか。

SnowやTikTokでは誰もが目を大きくして、猫の耳や鼻をつけて、自分の形質を隠して「よく見る可愛い子」になることを頑張っている。半分、システムが勝手に仕向けてしまうから、自覚はないのかもしれない。

就活のときにも、誰もが黒いスーツを着て、髪を黒のポニーテールにして、カンボジアに学校を建てる。就活も情報化によって、就活生や採用担当者が匿名多数の評価にさらされる発信者と化してしまっているから、「なんかムカつく」ような圧力や均質化が起こるのだ。

さらに言うと、これらは情報処理の世界にとどまらない。物理的に人の骨を砕き、肉を削ぐのだ。詳しくはこの記事を見てほしい。(近日公開予定)

自分を好きになれるメディア、誰かを好きになれるメディアをつくる

こうした中で、自分を含めて、SNSをやっている人も就活をしている人も、「疲れた」「自分が嫌い」ということをよく言う。

このとき発信者の側は「これは隠すべき不都合な情報なんだ」という劣等感や息苦しさを感じている。また受信者の中には、隠されてしまったものをいいと思う人だっていたはずだ。それが失われていくとしたらもったいない話だ。お互いにとって損だ。

そして大事なのが、いま「一億総発信者」の時代が訪れようとしていることだ。たくさんの息苦しさや「もったいない」が生まれようとしている。

だから僕はこうした均質化に抗いたい。匿名多数の評価を気にしないで済む運営方法で、映像に映る人特有の情報を落とさずに、それを必要としている数少ない誰かに届けるようなメディアをつくりたい。

僕が、均質化した世界から見たら「喋りが下手」で「男前でもない」のに、わざわざこのブログに自分の動画を埋め込んでいるのもそのためだ。

なお、この記事で書いたような現象が起こる背景と、僕たちがこれからどうしていけば良いのかを「ファストデザインの公害」という形で説明してみた。下の記事も読んでほしい。
「ファストデザイン」の公害。なんで儲かるだけのデザインではだめなのか。

次のお話はこちら、交尾とセックスの違いについて。
ドキュメンタリーへの憧れ – 僕がItonamiを撮る理由 第6話

1件のコメント

もも

考えが好きでステキだなと思ってコメントしました。どう見られたいかよりどうしたいか、かといって見るのは人だし評価するのも人。その中で、悩んだ結果、いいように見られるよう振る舞う人が増える気がしてます。
共感する記事をありがとうございます。
エアリーというステキなブランドも知ることができてよかったです。

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